第47回一期一会の基本情報
開催日時 | 2017年4月1日(土)午前10時30分 開始 |
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開催場所 | 銀座交詢社 10F会議室 |
講演者 | 上田 勤 氏 経営コンサルタント 元あすなろ混声合唱団指揮者 アンサンブル ノスタルジー 指導者 常任指揮者 他に横須賀市 男声合唱団 指揮者 船橋市 女声合唱団 指揮者 等 |
講演テーマ | 『組織のリーダーと指揮者のマネジメントについて』-合唱指揮50年と経営コンサルティング20年を振り返って- |
講師紹介
氏名 | 上田 勤 氏 |
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講師略歴 |
・名古屋大学工学部電気学科卒業 ・沖電気工業㈱にて、設計業務効率化及び設計-生産業務統合化と情報システム開発に従事 ・品質保証・品質管理に関して日本科学技術連盟「ベーシックコース」を受講&資格取得し、社内の品質管理活動を指導・推進 ・1997年10月~㈱日本ビジネスクリエイトに参画、経営コンサルティングに従事 ・2004年2月~経営コンサルタント(自営)として独立 |
講師紹介 |
私鈴木が上田さんにはじめてお目にかかったのは たぶん38年前に沖電気の設計自動化 部門を本社に統合し全社的に設計作業の合理化を進める施策を推進するためDAセンターが組織されたときだと思われる。 田町の芝浦にあった 昔の研究所の建物の2階がその職場で有った。 私は この組織の企画課長を拝命し、上田さんが第1課長として赴任してこられた。 したがって 私と上田さんのお付き合いは 40年弱になると思う。 当時の私は DAだけでなくCADとCAMという設計から生産までをコンピューターで稼働させるロボット工場の実現を夢見ており、社内に全社的な研究チームを作って具体化のための調査 勉強をさせてもらっていた。 泥臭い 複雑な現場の状況も知らない青二才の小生が生意気なことを言うわけで、各工場からはあいつをつぶせという声も多くあったようである。 しかし一方 会社上層部は保守的な設計製造をしていたのでは 価格 品質 納期 どれをとっても競合に勝てなく成って来ており 設計 製造のコンピユーター化(ロボット化)は避けて通れない状況に有った。 合理化の使命を帯びたDAセンター(デザインオートメーション センター)はそんな情勢の中 各事業所内で合理化の推進をしていたDA部門の精鋭が本社に集められた 同床異夢の寄せ集め部隊であった。 CAD.CAM ロボット関連を推進してきた小生にとって多層プリント基板DAや LSIDAは全く新しい技術分野で有りわからないことも多かった。しかし企画課長と言う役目上 全社のDA化の推進計画もまとめなくてはならず苦労していた。 そんな時もいつも難しい最新技術を平易に説明してくれるのが上田課長であり、困難な目標にも いつも前向きな対応をしていただいた 、仕事を通じて仲良くなっていった。 それから間もないある日上田さんが“今日は都合で午後半休を取ることに成った よろしく”と言って来られた 理由は購入したグランドピアノが家に来るのでその設置の指示をしなければならないとのこと。 技術者の男性が普通のピアノを買うと言うだけでも驚くのだが 個人で自宅にグランドピアノを置くという。音楽に対する姿勢が桁外れであることをその時知った思いであった。それも 自慢げではなく自分が本当に弾きたかった物が来るという うれしそうな様子に吃驚したことを今も覚えている。 職場仲間であるから 当然仕事を通してのお付き合いが多かった。 私の推進していた CAD/CAM はまだ国内ではほとんど実行している会社は無く 世界の先進国でも研究 開発がまだ主流の時代で有った。 したがって 物を実際に作っている工場の生産現場の人間からすれば とんでもない 提案で有ったのだ。 したがって私は行く先々で嫌われ 推進に協力してくれる人は社内に本当に数えるほどであった。 会社と言うのは損得勘定から言えば 多数派の意見や 上司の件に従っていれば 昇進も早く リスクも少ないと言えるので 特に大学時代の成績の良い人にそんな人が多かった気がする。 上田さんは名古屋大学の工学部ご出身の秀才で 頭の切れ得る方ではあったが、小生の様な少数派の意見にも前向きに対応してくれ 困難なことが有っても一緒に立ち向かってくれた。当時世界最先端のDAシステム アプリコン,カルマ、コンピューターヴィジョン などを何台も導入したり IBMの世界最大最速のコンピューターを使わせてもらったことなど、技術者として最も面白かった時期でもあった。 沖のDA開発関係には上田さんの様な 本当に優秀な人材が集まっており、大きな開発予算も使わせていただいた。 お付き合いが深くなって 上田さんの音楽への知識 能力などが分かってくると共に どこの事業所へ行っても沖合唱部の指揮者の上田さんを尊敬している人が沢山居ることもわかってきた。 欧米に行く機会の多かった小生は 自宅へ招かれたとき 楽器の一つも演奏出来たらどれだけ相互理解が深まるだろうと思っていたが 日本人には無理なことと思っていた、しかしこんなにも身近に 仕事はできるうえ ピアノを弾き 譜面を見てすぐ歌ったり 指揮をしたり出来る人がいることに衝撃を受けたのである。 本当に尊敬してしまう。 子供のころ 私の家の一軒先に N饗のバイオリン奏者の方が住んでおり 良く練習の音が聞こえていた。しかし 音楽は音楽家がやるものと当時は思っており、友人で楽器のできる人を ほとんど知らない。 一方 上田さんの合唱指導の実績は レジメで見て頂く通り長く豊富である。 上田さんは仕事と趣味を上手に両立させる名人である 音楽をとても大切にしており 仕事バカのような生活をしてきた自分にはとてもうらやましい存在であった。 上田さんは 定年後は コンサルタント業をするとともに コーラス指導、指揮 さらにご近所の少年野球チームの監督も引き受けておらるようで、定年後も多くの方から必要とされて 多忙で楽しい毎日を送っておられる とても生き方上手の方である。 若い諸君は 仕事と趣味の両立が出来なく悩んでいる方も多いと思います。 上田さんの生き方は そんな人にも勇気を与えてくれるのではないかとおもいます。 多くの皆さんの参加を心から歓迎いたします。 一期一会 代表世話人 鈴木 威一 |